colors BOOKS「白熱教室」004

【21世紀に、ガンディーを考える】第4回


世界情勢が大きく変化している中、人口10億人のインドは中国とともに、今後の世界の政治のゆくえ、経済発展などで中心的役割を果たすひとつといっていいだろう。colors BOOKS「白熱教室」は、『インド人はなぜ頭が良いのか』の著者である林明さんと、『ガンディー 魂の言葉』の翻訳者の一人である豊田雅人さんの対談を通して21世紀のガンディーに関して考えていきたい。お二人の詳しいプロフィールは第1回を参照。

『インド人はなぜ頭が良いのか インド式教育その強さの秘密』

林明、佐藤博美・著\450・kindle版(colors BOOKS)⇒特設ページ

『ガンディー 魂の言葉』

マハトマ・ガンディー・著、浅井幹雄・監修、豊田雅人・訳\1296、\756・kindle版(太田出版)


第4回「21世紀のガンディー」

ガンディーがこの世を去ったのは1948年。もう教科書の中だけの人物なのか、いやいやそうでもないようです。


CB:今、インドは大きな変化の渦中にあると思います。10年ほど続いた国民会議派の政権が、インド人民党に移り、ナレンドラ・モディが首相に就任しました。そのあたりの状況と、今後のインドのこと、そして、そんな21世紀の社会環境の中でのガンディーの有効性などを今回はお話しましょう。

 

豊田:やはり、前政権・国民会議派の失敗は、腐敗汚職が激しかったということでしょうかね。

 

 

林:それもありますが、いちばんは経済政策でしょう。新しく首相になったモディのスローガンは、「すべての村に電気を」という実にわかりやすいものです。確かに、モディの地元のグジャラート州では停電がなく、経済成長率も高い。やはり豊かさへの欲望はどこでも強いですね。もちろん、豊田さんの指摘する腐敗汚職も大きい要因です。2004年に、国民会議派が政権を取ったときは、ヒンドゥー主義が強いインド人民党に対して、ヒンドゥーとムスリムの対立は嫌だという国民が多く国民会議派が票を集めたわけですが、国民会議派政権では腐敗汚職が多かった。有権者は今回はそこに嫌気がさして、インド人民党に振り直したということでしょう。現代のガンディーといわれるアンナ・ハザレの断食が、国民会議派政府の腐敗・汚職を追及した大運動になり、腐敗防止案をのませましたよね。インド人民党は今のところはクリーンなイメージを持ってはいますが、過去に政権を一回取っただけで、なにぶん、政治体験が少ないので、この先はわからない。

 

 

CB:やはり不安なのはヒンドゥー至上主義ですかね。

 

 

林:2004年当時のヒンドゥーとムスリムの対立の再現になったら、国民は嫌だとなるでしょうね。モディは、過去のインド人民党政権の轍もあるので過激な対応はしないとは思いますが、そうすると今度はヒンドゥー過激派から突き上げられる。この対立は昔から続いているんです。

 

 

豊田:今のインドは2009年あたりの日本と似ている気がします。民主党が反自民一本やりで政権を取ったが、結局何もできず、今は自民に戻った。政治は、やはり一度失敗してみないとわからないことが多いんでしょうね。 

 

林:そうですね、今回のインド選挙は経済に目を向けた戦いだったけど、これもまだまだ未知数のところがありますものね。

 

 

豊田:国が大きくなりすぎたので、宗教対立が争点にはなりにくかった。そんな時には、隣のことは気にしない、まずは自分たちの生活がいちばん、ということだったのでしょうね。

 

CB:そんな新しいインドでは、若い人の間でのガンディーとはどんな認識なんでしょうかね?

林:それはちょっと残念な状況ですね。インドに行ってデリー大学で討論をしたとき「ガンディーのことはどう思う?」という質問をしたら、彼の思想をあまりわかっていなかったり、実践は難しいと言われたり。でも一方、ガンディー的なものはインド人の中には脈々とあることも事実なんです。2006年の『ラゲー・ラホー・ムンナーバーイ(日本未公開)』というコメディ映画では、ガンディーの幽霊が現れるんですが、映画の大ヒットだけでなく、この映画をきっかけにガンディーの非暴力主義がクローズアップされたりもした。やはり、インド人の中には知ってる知らないにかかわらず、ガンディー的なものがあるんじゃないでしょうか。

 

豊田:ガンディーがやったことはあくまで「人間わざ」なんです。「自分がやったことをやれ」と言う。「自分がやれないことまでやれ」とは決して言わない。確かにとてつもなくそのハードルは高いが、今日はここまでなら、明日はここまでと、それを繰り返していけばよいという人間的なものに感じます。

 

林:カルカッタの奇跡、デリーの奇跡など、ひとまとめに「奇跡」とか言われていますが、それは単に断食をして、人の心に訴え、争いを止めただけなんです。英語でミラクルといえば、イエス・キリストが復活したことになるわけですが、ガンディーの奇跡はそういうものではない。豊田さんのおっしゃるようにあくまで人間のしたことなんです。

 

豊田:大きな政争の枠で見れば、彼ひとりが死んだことでどうっていうことはないはずだが、現実的には争いが止まったんですよね。

 

林:ガンディーは思想的によく検証して、ひとつひとつ粗を探していくと、けっこう粗があるんです。でもそれでいいと思うんですよ。ガンディーの精神は体系化しないところに価値があって、彼の国家思想なども「最終的にはひとりひとりがしっかりすればよい」という簡潔なものになってしまう。西洋の学者からすれば、それでは何だかよくわからないかもしれないが、ガンディーにすれば、それこそが大切なのだということです。

 

CB:では、お二人にとってのガンディーの最大の魅力を。

 

豊田:ガンディーは夢想家に見えるけれど実はかなりの実践家なんです。起きてしまったことに対して、夢想的なことは言わない。常に前に向かってやりなさい、と言い続ける。『スモール イズ ビューティフル』という著作で有名なシューマッハがすごく影響を受けていて、「ガンディーの精神には経済的な体系が無いにもかかわらず、経済的体系を実践できる人だ」ということを言っていますね。僕にとって彼のいちばんの魅力は、矛盾を抱えたものを実践できるところですね。「明日死ぬがごとく生き、永遠に生きるがごとく学ぶ」を実践できる稀な存在だと思います。

 

林:ガンディーは、My Life Is My Message、と言っています。自分の行動を隠していない。私はこんなに失敗も成功もしているのだとさらけ出している。そこは非常に魅力的です。また、ガンディー思想に向かい合う際に大切なことは、細かい部分を指摘してこれだから良いとか、だめとかいうのではなく、ガンディーについて、ガンディーが提示した問題について考え続けることが必要だと思います。彼が提示したものには本当に重要な問題を含んでいると思います。

 


第4回 「21世紀のガンディー」の参考資料

ラゲー・ラホー・ムンナーバーイ

Lage Raho Munna Bhai [DVD] (2006)出演:Sanjay Dutt、Arshad Warsi


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