colors BOOKS「白熱教室」003

【21世紀に、ガンディーを考える】第3回


世界情勢が大きく変化している中、人口10億人のインドは中国とともに、今後の世界の政治のゆくえ、経済発展などで中心的役割を果たすひとつといっていいだろう。colors BOOKS「白熱教室」は、『インド人はなぜ頭が良いのか』の著者である林明さんと、『ガンディー 魂の言葉』の翻訳者の一人である豊田雅人さんの対談を通して21世紀のガンディーに関して考えていきたい。お二人の詳しいプロフィールは第1回を参照。

『インド人はなぜ頭が良いのか インド式教育その強さの秘密』

林明、佐藤博美・著\450・kindle版(colors BOOKS)⇒特設ページ

『ガンディー 魂の言葉』

マハトマ・ガンディー・著、浅井幹雄・監修、豊田雅人・訳\1296、\756・kindle版(太田出版)


第3回 ガンディーの「言葉の力」

今回は、ガンディーにとどまらずインドにおける言葉の持つ大きなパワーについて語っていく。


CB:豊田さんは、2011年に出版された『ガンディー 魂の言葉』の中の多くの言葉を、ガンディーの母国の公用語であるヒンディー語から訳しておられます。この書籍の成立に関して、少しお話ください。

 

豊田:あの本の出版の話が持ち上がったのは、3.11東日本大震災の後ですね。まず監修者の方が、こんなメッセージを今の日本人にむけてはどうかなというのを250本ぐらい選んで、その中のガンディーが英語でスピーチしたものは英語訳者の方が担当しました。私は、そのうちのヒンディー語のものを担当しましたが、さらにいろいろなガンディーの本からヒンディー語のメッセージを付け加えて200本ぐらい選んで訳しました。それらの中から監修者の方が選びとって全170本の体裁になったわけです。これらの作業は、すべて3.11の後のことですけど、特別な意識はなかったですね。でも、ひとつこだわったのは原子力のこと。ガンディーの時代に原発はなかったけど、原爆に関する言葉は入れたかった。読者の中に「生き残っちゃった自分たちは前へ進むしかない、という強いメッセージを感じた」という方がいました。こういう話を聞くと翻訳した甲斐があったかなと思います。

 

林:そうですね、インド思想から学べる大切なことのひとつは、「すんでしまったことは受け入れた上で生きていく」ということ。それはそもそもインド思想の大切なテーマでもあります。

 

豊田: ガンディーの言葉の中でも、僕がいちばん好きな言葉は「明日死ぬがごとく生き、永遠に生きるがごとく学ぶ」です。

 

林:ガンディーのこういう類の言葉は、実はアメリカのテレビ・ドラマでも使われる頻度が高いんですよ。豊田さんのあげたその言葉も「クリミナル・マインド」で使われていました。

 

CB:一種、あざといんですかね?

 

豊田:その、あざとさは、一歩間違えると小泉純一郎と似ていると思うんですよ。短いけれどもハッとする言葉を言う。でも、小泉の言葉は心には残らないですね。

 

林:また、ヒトラーも言葉の使い方は上手いけれども、ガンディーと違うのは「敵を作る」ことにそれを利用したということですね。ガンディーは、敵、つまり相手と自分はつながっていると思っているので敵を作ろうとははなから考えていない。

豊田: もうひとつ、ガンディーの言葉の特徴はくどい言い回しが多いということです。翻訳されたものはともかく、ヒンディー原語では、もっとめんどくさい書き方なんです。しっかり読まないと読みこなせない。ちょっとハードルが高い。でも、そのほうが読み手は言葉に巻き込まれるんですね。またそれが多くの民衆に響くというのがおもしろい。それはインド人の教養の高さなのかな。

 

林:インド人は同じ内容をすごく短くも言えるし、長くも言える。いかようにも膨らませることができますよね。

 

豊田: 討論番組の「TED」でもインド人のプレゼンターはみんな上手いですよね。

 

林:言いたいことはひとつなんですけど、巧みなたとえ話を交えてどんどん長くなっていく。また、インド人は論理を重視しているので、論理的にもくどい。でも、そういう論法に慣れているんでしょうね。日本人は俳句、短歌のように短いほうが共感するんですが、インド人は両方できる。たとえ下層階級の人でも、話がうまいし、長くしゃべれる。教養、知識の有る無しにかかわらず、とにかくみんな話はうまい。

 

豊田: 本当に誰でも長くしゃべりますよね。回りくどいことを言いながら、次に自分の話すことを考えているのかな。

 

林:『インド人はなぜ頭が良いのか』の中でも書きましたが、その原因のひとつは、言語教育でしょうね。インドでは3言語政策というものがあり、最低3つの言語を勉強することになっています。また話すことに対して物おじしない。彼らの英語では、thの発音とかちょっと怪しいんですけど、そんなことはぜんぜん気にしない。日本人はアメリカ的な発音をしないと恥ずかしいと考えがちでしょう。インド人は、発音も、構文も、関係ない。どんどんしゃべる。また、もうひとつの大きな原因は、多民族で構成された国家だということではないでしょうか。とにかくしゃべらないと始まらない。そういうところがあるんじゃないでしょうかね。

 

豊田:ガンディーは夢想家に見えるが実は実践家なんです。起きてしまったことに対して、夢想的なことは言わない。常に前に向かってやりなさい、と言い続ける。『スモール イズ ビューティフル』という著作で有名なシューマッハがすごく影響を受けていて、「ガンディーの精神には経済的な体系が無いにもかかわらず、経済的体系を実践できる人だ」ということを言っています。

 

林:ガンディーの精神は体系化しないところに価値があるんです。ガンディーの国家思想なども「最終的にはひとりひとりがしっかりすればよい」という簡潔なものになってしまう。西洋の学者からすれば、それでは何だかよくわからないかもしれないが、ガンディーにすれば、それこそが大切なのだということです。

 


第3回 「言葉の力」の参考資料

ガンディー 『魂の言葉』

F・アーンスト・シューマッハー 『スモール イズ ビューティフル』

石井一也 『身の丈の経済論』

ガンディー没後のあらゆる研究者、中でもシューマッハの「スモール・イズ・ビューティフル」開眼に至るまでの考察では外せない良書(豊田)。


◆林明氏の著作『インド人はなぜ頭が良いのか インド式教育その強さの秘密』の特設ページはこちら